チャールズ・ワーグマンの 『飴売』

 

 現代の私達が、このような“飴売”を見かけることは無くなった。祭りの日に飴細工師が来ているとこもあるが、時代と共に飴を作る技法や道具も変わり、主題として選ばれ、作られる形も変化している。ワーグマンは、飴売の道具をひとつひとつ記録するかのように描き込んでいる。様々な道具があるが、飴売りはこれらを、彼が腰掛けている箱にコンパクトに収めて運んできたのだろう。

店を開いた飴売の周りに集まっているのは、子どもを負ぶった女性や、子守のこども達である。皆熱心に飴売の手元に注目している。飴売りは飴に息を吹 き込んで膨らますという、形成にとりかかる最初の作業をしている。この後の飴細工師の素早い手さばきと繊細な形成は、見ていて驚くほど豊かであるが、それを極めていくのも日本人ならではの感覚であろう。小鳥のような可愛い形をした甘い飴は、子ども達にとってこの上なく魅惑的なものであっただろう。

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ワーグマン,チャールズ 飴売 Candy Vendor 1877
油彩・板 25.5×35.0


チャールズ・ワーグマン 1832(天保3)年~1891(明治24)年

イギリス、ロンドンに生まれる。陸軍を退官した後、1857年アロー号事件を取材するため、『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』紙の特派員として 中国に渡る。一旦帰国し、1961年頃に再来日、特派員として横浜に居住し、日本での世相、風俗、事件などを挿絵を付けてロンドンに通信した。また、横浜 で風刺漫画の月刊誌『ジャパン・パンチ』を発刊した。1887年帰国してロンドンで展覧会を開いた。翌年再来日し、日本人の妻かね子と結婚して子をもうけ た。記者とはいえ油彩や水彩の専門的な技量をもっており、高橋由一、五姓田義松、小林清親らに洋画の指導をした。