明治初期の飴細工の絵

チャールズ・ワーグマン筆 『飴売』 1877年

飴細工の歴史

 昔の飴職人は、一日に一斗缶にして二缶の水飴をすべて売り物の飴に仕上げることができて、一人前の職人と認められました。この一斗缶二缶の水飴を、朝早くから火にかけて煮詰めては冷まし、また冷め切らないうちに練りに練って、最後は小さな飴玉などに仕上げるのはたいへんな重労働でした。歳をとり、この重労働がやがてできなくなると、飴を様々に嗜好を凝らして細工をする、飴細工を街中へ売り歩いたのです。(左の画は明治初期の横浜の様子を描いたものだそうです)。その性質など、飴のことを知り尽くしていた職人だからこそ、こうした飴細工ができたのでしょう。
 昔はこの画のように葦の先に飴を付け、膨らませて主に鳥などを作っていました。戦後の古い写真を見ても、鳥などの動物を作っていたようです。またこの画に見られるように、特に子供たちに人気があり、様々な形の飴が出来上がるまで熱心に見ているところは、時代を超えて、今とまったく変わりがありません。今では大人に懐かしがられる飴細工ですが、小学生も「懐かしい」などと言うので可笑しいものです。


TOPへ